通りすがりの町で、四百年の店に入る

白壁の塀にそって、石畳がゆるやかに続いていきます。
臼杵は、目的地ではありませんでした。
別の町へ向かう途中で時間が空いたので、降りてみた。
それだけの町です。
歩き出すと、道がすぐに石畳に変わりました。
両側に白い壁が続き、寺の屋根が重なって見えます。
車も人も少なく、自分の靴の音がよく聞こえる。
そのうちに、通り過ぎるつもりだったことを忘れていました。

戦国のころから続く、町の目抜き通りだそうです。
通りの中ほどに、一軒だけ、ひときわ黒い建物がありました。
軒に「創業1600年」と出ています。
カニ醤油——屋号を鑰屋(かぎや)といって、味噌と醤油と麹をつくる店でした。
四百二十年、同じ場所で
慶長五年、西暦1600年の創業。
九州でいちばん古い味噌・醤油の蔵元だと教わりました。
しかも創業のときから今日まで、同じ場所の、同じ建物で商いを続けているのだといいます。
店の方が、麦味噌のこと、麹の使い方のことを、順を追って話してくださいました。
自慢するふうでもなく、当たり前のことを説明するように。
それは、続けようと決めた人が、ずっといたということです。
あとで知ったのですが、臼杵には醤油や味噌や酒の蔵が二十近くあるそうです。
水がよく、「醸造の町」として栄えてきた土地でした。
名前を知っている大手の醤油屋も、もとをたどればこの町から始まっている。
通りすがりに寄っただけの旅人には、そこまで見えていませんでした。

日が傾くと、石畳が色を変えます。
街灯がひとつずつ灯って、昼とはまるで違う道になりました。
荷物を置いてから、もう一度だけ、暗くなった通りへ出てみました。
帰ってから
その日、私は何も買っていません。
この店に並べられるものも、まだ見つかっていません。
臼杵は、いまのところ、うちの仕入れとは何のつながりもない町です。
それでも、この旅のことは書いておこうと思いました。
四百二十年、同じ場所で、同じものをつくり続けている店がある。
それを見たあとでは、「長く使われてきたもの」という言葉の重さが少し変わります。
うちが品を選ぶときの基準も、たぶんそこにつながっています。
次に臼杵へ行くときは、通りすがりではなく、その町を目的にして行きます。
訪ねた町:大分県臼杵市/この旅で持ち帰ったものはありません